中川 夏紀

Natsuki Nakagawa

CV . 藤村 鼓乃美

・楽器:ユーフォニアム
・やる気がなく、練習もサボりがちだったが、今では熱心に練習に取り組んでいる。
・部長の吉川優子とは相変わらず犬猿の仲。
・しかし、頑張りすぎる彼女を副部長として支えたいと思っている。


飛び立つ君の背を見上げる

発売日2021年2月27日
作者武田綾乃
出版社レーベル宝島社・宝島社文庫

収録内容

  • プロローグ
  • 第一話 傘木希美はツキがない。
  • 第二話 鎧塚みぞれは視野が狭い。
  • 第三話 吉川優子は天邪鬼。
  • エピローグ
  • 記憶のイルミネーション

第一話 傘木希美はツキがない。

いまこの瞬間に希美が笑ってくれるなら

中川夏紀

うちはさ、希美がやりたいようにやればいいと思う

中川夏紀

希美自身が信じた選択が、多分、いちばん正しい

傘木希美

......ありがとう

中川夏紀

いまこの瞬間に希美が笑ってくれるなら、それだけでいいと思った。

中川夏紀

そしてそれこそが、夏紀の犯した罪だった。

第二話 鎧塚みぞれは視野が狭い。

夏紀はきっと空を飛べない。

中川夏紀

自分が凡人だということに、夏紀はうすうす気づいている。天才にもなれず、変人にもなりきれず、特別に憧れを抱きながらも普通の生き方を選んでしまう。

中川夏紀

漠然とした将来への不安は、結局はそれなのだ。こうなりたくないと思っていた大人に、気づけば自分から近づいている。

中川夏紀

もしも自分の背中から翼が生えたって、夏紀はきっと空を飛べない。屋上の柵にもたれかかって、脚を伸ばして、それで終わりだ。

第三話 吉川優子は天邪鬼。

優子は何も言わなかったし、夏紀も何も言わなかった。

吉川優子

いつまでついてくるん

中川夏紀

いつまでって?

吉川優子

うちは一人になりたくてわざわざここに来たんですけど

中川夏紀

ずいぶんピリついてるな

吉川優子

まじでどっか行ってくれへんか

中川夏紀

ほら、座って

吉川優子

アンタのそういうところが死ぬほどムカつく

中川夏紀

手をつないでやろうか

吉川優子

うるさい

中川夏紀

抱き締めてやってもいいで

吉川優子

どっか行って

中川夏紀

あとは何があるかな、膝枕とか

吉川優子

馬鹿にしてるやろ

中川夏紀

べつに。慰めてやろうと思っただけ

吉川優子

慰めてもらうようなことなんてひとつもない

中川夏紀

同意するわ、アンタは全部上手くやってる

吉川優子

じゃあなんで

中川夏紀

さっきも言うたやろ? 嫌がらせやねんから、アンタが嫌がることをしないと

吉川優子

あほらし

中川夏紀

あ、頭をなでてやろうか

吉川優子

いらん

吉川優子

・・・・・・

吉川優子

・・・・・・疲れた

吉川優子

・・・・・・

吉川優子

もう大丈夫

中川夏紀

そっか

泣いてしまえ。 そう口に出してしまえば、優子の涙は自分の前から失われてしまうだろう。

なんせ彼女はひどい天邪鬼だから、優しく甘やかしたところで素直になったりしないのだ。

優子は何も言わなかったし、夏紀も何も言わなかった。

馬鹿みたいに近い距離で寄り添ったまま、二人は互いが生きている気配を感じていた。

涙の条件は

中川夏紀

べつに、寂しいわけじゃない。悲しいわけでもない。ただ、虚しい。

中川夏紀

あれだけ濃密な時間をともにしたというのに、いったい自分に何が残ったというのだろう。

中川夏紀

いつの日か思い出のなかの住民になってしまう。音楽室に集まって同じメンバーで合奏することは、これから先、二度とない。 

熱い何かが頬を伝って、夏紀は反射的に指で拭った。

いまさらかよ、そうつぶやこうとして唇が震えた。 呼吸のリズムが崩れ、夏紀はソファーの上にあったクッションを抱き締める。

涙腺の蛇口が壊れてしまったのか、涙があふれて止まらない。ひどくなる嗚咽をこらえようともせず、夏紀はただ泣き続けた。

涙の条件は一人になることだったのかと、夏紀はようやく思い知った。