正直なこと言うてさ、うち、みぞれのこともちょっと苦手やった。
飛び立つ君の背を見上げる
タイトル | 飛び立つ君の背を見上げる |
発売日 | 2021年2月27日 |
作者 | 武田綾乃 |
出版社・レーベル | 宝島社・宝島社文庫 |
収録内容
- プロローグ
- 第一話 傘木希美はツキがない。
- 第二話 鎧塚みぞれは視野が狭い。
- 第三話 吉川優子は天邪鬼。
- エピローグ
- 記憶のイルミネーション
第二話 鎧塚みぞれは視野が狭い
優子がみぞれの味方になるなら、夏紀は希美の味方になるべきだ。
みぞれが希美を好きなのはみぞれの勝手だし、希美がそれに応える義理なんてない。
それに、聡い希美があれだけの重みのある友愛に対して本当に無自覚だとは、夏紀にはとうてい思えなかった。
気づいていないフリを希美が続けるなら、夏紀だってそれに付き合う。
優子がみぞれの味方になるなら、夏紀は希美の味方になるべきだ。
みぞれに好かれているからといって、希美も同じように特別な感情をみぞれに向ける必要はない。
優子がみぞれを応援して2人の関係を変えようするなら、夏紀は希美の意思を尊重して現状の関係が続くように努める。
第三話 吉川優子は天邪鬼
悲劇のヒロイン
べつに、夏紀は昔のみぞれみたいに悲劇のヒロインを気取ったりしない。
会いたくなれば自分から約束を取りつけるし、しゃべりたくなれば自分から電話をかける。
ただ、会う理由がなくなることは少し怖い。
希美から退部することを告げられなかったみぞれはその後、何もせずただ自分を塞ぎ込んでいた。夏紀にはそれが"悲劇のヒロイン"を演じているように見えた。
みぞれのこともちょっと苦手やった。
正直なこと言うてさ、うち、みぞれのこともちょっと苦手やった。
だってあの子、自分の振る舞いが希美の目にどう映ってるか、全然気づいてないんやもん。苛つくやんか、そんなん。
なのにあの子、うちに平気で言うねん。『夏紀はいい人』って
希美の近くで2人の関係を見守っていた夏紀は、みぞれの行動は希美の気持ちを無視していると感じていた。
自分の気持ちだけを優先して執着し続けるみぞれの視野の狭さに苛立ちを覚える。
あの子のすごさが、刺さる
うちさ、みぞれといるとたまに苦しくなるよ。あの子のすごさが、刺さるねん
嫉妬?
んなワケない。優子だってわかってるでしょ、うちは吹奏楽部で誰かに嫉妬なんてしいひんかった。
嫉妬なんて、するわけがなかった
みぞれの類まれなる音楽的才能に嫉妬しているわけではない。けれど…
みぞれといると苦しくなる
みぞれだけが変わらなかった。弱小校であろうと強豪校に変わろうと、みぞれのやることは決まっていた。
あの子は周りの空気に左右されない。みぞれの世界を変えられるのは、いつだって希美だけ。
いっそ狂気すら感じさせる、痛ましい努力の理由がうらやましかった。
みぞれといると苦しくなるのは、自分のずるさを思い知らされるからだ。
自分がいかに凡人か突きつけられ、呼吸が一瞬止まるから。
夏紀は滝先生が顧問になり、部の雰囲気に合わせて熱心に練習に打ち込むようになった。
そんな自分自身の嫌いな部分をみぞれと一緒にいると否応なく顕にさせられるから。