小鳩常悟朗と小佐内ゆきの互恵関係。

タイトル春期限定いちごタルト事件
巻数第1弾
発売日2004年12月24日
作者米澤穂信
出版社レーベル東京創元社

収録内容

  • プロローグ
  • 羊の着ぐるみ
  • For your eyes only
  • おいしいココアの作り方
  • はらふくるるわざ
  • 狐狼の心
  • エピローグ

羊の着ぐるみ

小市民たれ
小鳩常悟朗

クラーク博士は北海道大学の学生に「紳士たれ」という言葉を残したというけれど、ぼくと小佐内さんも似た信条を持っている。

小鳩常悟朗

「紳士」によく似ているけれど、それよりはもうちょっと社会的階級が低い。

小鳩常悟朗

「小市民たれ」。これ。日々の平穏と安定のため、ぼくと小佐内さんは断固として小市民なのだ。

わたしを言い訳に使ってね。
小佐内ゆき

小鳩くん。なにか逃げたいときには、わたしを言い訳に使ってね

小佐内ゆき

遠慮しなくて、いいんだからね

小鳩常悟朗

もちろん、そうさせてもらうよ

For your eyes only

あなただけ
小鳩常悟朗

「いまだけ」や「ここだけ」、「これだけ」といった限定にまたしても惹かれてしまうのも、万已むを得ないことと言えるだろう。

小鳩常悟朗

まして、「あなただけ」となればこれは何度使われてもなかなか強力な殺し文句だ。

おいしいココアの作り方

嫌な野郎になっちまった
堂島健吾

はっきり訊くが、お前、中学でなにかあったのか。雰囲気が違いすぎる。殺しても死にそうにない小鳩常悟朗はどこに行った

小鳩常悟朗

そうかな? たとえば?

堂島健吾

たとえば、だと。なにもかもだよ。いまだってそうだ。ココアの溶き方を教わったぐらいで『面白い話を聞いた、ありがとう』だと?

小鳩常悟朗

わからないな。前のぼくはどうだったって?

堂島健吾

……わかっていることは、全部口に出さないと気が済まなかった。

堂島健吾

自分の知らないことを他人が知っていれば、憎まれ口に負け惜しみ、だ。 

堂島健吾

だがな、いまのお前はもっとタチが悪い。ちょっと話しただけじゃ丸くなったように見えるけどな。

堂島健吾

口と性格の悪いガキが、顔は笑っても腹に一物ありそうな嫌な野郎になっちまった

ぼくはもう、知恵働きはやめたんだ。
小鳩常悟朗

ねえ、小佐内さん

小佐内ゆき

…………

小鳩常悟朗

大丈夫だよ。こんなことは、もうやらない。日曜日だから、ちょっと羽目を外しただけだよ

小佐内ゆき

なんのことか、わかんない

小佐内ゆき

わたしたち、約束をしてるよ。でも、小鳩くんがどういうひとになるのかまで、縛ってない。

小佐内ゆき

きょうの小鳩くん、初めて会ったときみたいだった。

小佐内ゆき

そっちの方が楽しいなら、そっちの小鳩くんになればいいじゃない。わたし、気にしないよ

小鳩常悟朗

日曜日だからだよ。遊びすぎた。それだけのことだよ。ぼくはもう、知恵働きはやめたんだ

はらふくるるわざ

ハンプティ・ダンプティ
小佐内ゆき

あの、ちょっと付き合ってくれる?

小鳩常悟朗

いいよ。どこ?

小佐内ゆき

うん……

小佐内ゆき

〈ハンプティ・ダンプティ〉

小鳩常悟朗

そんな、〈ハンプティ・ダンプティ〉って、あそこは確か

小佐内ゆき

言わないで。……なにも言わないで

狐狼の心

償ってもらわないと
小佐内ゆき

わたしの、春期限定いちごタルトを台無しにして。自分の都合で自転車捨てて。

小佐内ゆき

おかげでわたしってば、静かな学校生活を送るつもりだったのに、一度は泥棒扱い、生徒指導室には二度も呼ばれて。

小佐内ゆき

ねえ、小鳩くん、こういうのって、どう思う

小鳩常悟朗

お、小佐内さん?

小佐内ゆき

償ってもらわないと

小鳩常悟朗

(戻ってる戻ってる。二度とそうはならないと決めた小佐内さんに、戻っている。)

小鳩常悟朗

駄目だよ、小佐内さん。盗品は戻ったんだ。満足すべきだよ。それ以上は考えたら駄目だ。流すんだ。

小鳩常悟朗

小市民になるって、約束したじゃないか。ここで泣き寝入りしなかったら、小市民じゃない

あれは昔、狼だったんだ
小鳩常悟朗

ぼくが狐だったとたとえるなら、あれは昔、狼だったんだ

小鳩常悟朗

いまでこそ、小佐内さんが嬉しそうな顔をするのは、せいぜい甘いものを前にしたときぐらいだよ。

小鳩常悟朗

でも、前は違った。小佐内さんは、自分に危害を加える相手を完膚なきまでに叩き伏せるとき、一番楽しそうだったんだ

堂島健吾

…………

エピローグ

やっちゃった......
小佐内ゆき

......やっちゃった......

小鳩常悟朗

やっちゃったね......

小佐内ゆき

もうやらないって決めてたのに

小佐内ゆき

小市民になるって、決めたのに