小鳩常悟朗と小佐内ゆきの互恵関係。
タイトル | 春期限定いちごタルト事件 |
巻数 | 第1弾 |
発売日 | 2004年12月24日 |
作者 | 米澤穂信 |
出版社・レーベル | 東京創元社 |
収録内容
- プロローグ
- 羊の着ぐるみ
- For your eyes only
- おいしいココアの作り方
- はらふくるるわざ
- 狐狼の心
- エピローグ
羊の着ぐるみ
小市民たれ
クラーク博士は北海道大学の学生に「紳士たれ」という言葉を残したというけれど、ぼくと小佐内さんも似た信条を持っている。
「紳士」によく似ているけれど、それよりはもうちょっと社会的階級が低い。
「小市民たれ」。これ。日々の平穏と安定のため、ぼくと小佐内さんは断固として小市民なのだ。
わたしを言い訳に使ってね。
小鳩くん。なにか逃げたいときには、わたしを言い訳に使ってね
遠慮しなくて、いいんだからね
もちろん、そうさせてもらうよ
For your eyes only
あなただけ
「いまだけ」や「ここだけ」、「これだけ」といった限定にまたしても惹かれてしまうのも、万已むを得ないことと言えるだろう。
まして、「あなただけ」となればこれは何度使われてもなかなか強力な殺し文句だ。
おいしいココアの作り方
嫌な野郎になっちまった
はっきり訊くが、お前、中学でなにかあったのか。雰囲気が違いすぎる。殺しても死にそうにない小鳩常悟朗はどこに行った
そうかな? たとえば?
たとえば、だと。なにもかもだよ。いまだってそうだ。ココアの溶き方を教わったぐらいで『面白い話を聞いた、ありがとう』だと?
わからないな。前のぼくはどうだったって?
……わかっていることは、全部口に出さないと気が済まなかった。
自分の知らないことを他人が知っていれば、憎まれ口に負け惜しみ、だ。
だがな、いまのお前はもっとタチが悪い。ちょっと話しただけじゃ丸くなったように見えるけどな。
口と性格の悪いガキが、顔は笑っても腹に一物ありそうな嫌な野郎になっちまった
ぼくはもう、知恵働きはやめたんだ。
ねえ、小佐内さん
…………
大丈夫だよ。こんなことは、もうやらない。日曜日だから、ちょっと羽目を外しただけだよ
なんのことか、わかんない
わたしたち、約束をしてるよ。でも、小鳩くんがどういうひとになるのかまで、縛ってない。
きょうの小鳩くん、初めて会ったときみたいだった。
そっちの方が楽しいなら、そっちの小鳩くんになればいいじゃない。わたし、気にしないよ
日曜日だからだよ。遊びすぎた。それだけのことだよ。ぼくはもう、知恵働きはやめたんだ
はらふくるるわざ
ハンプティ・ダンプティ
あの、ちょっと付き合ってくれる?
いいよ。どこ?
うん……
〈ハンプティ・ダンプティ〉
そんな、〈ハンプティ・ダンプティ〉って、あそこは確か
言わないで。……なにも言わないで
狐狼の心
償ってもらわないと
わたしの、春期限定いちごタルトを台無しにして。自分の都合で自転車捨てて。
おかげでわたしってば、静かな学校生活を送るつもりだったのに、一度は泥棒扱い、生徒指導室には二度も呼ばれて。
ねえ、小鳩くん、こういうのって、どう思う
お、小佐内さん?
償ってもらわないと
(戻ってる戻ってる。二度とそうはならないと決めた小佐内さんに、戻っている。)
駄目だよ、小佐内さん。盗品は戻ったんだ。満足すべきだよ。それ以上は考えたら駄目だ。流すんだ。
小市民になるって、約束したじゃないか。ここで泣き寝入りしなかったら、小市民じゃない
あれは昔、狼だったんだ
ぼくが狐だったとたとえるなら、あれは昔、狼だったんだ
いまでこそ、小佐内さんが嬉しそうな顔をするのは、せいぜい甘いものを前にしたときぐらいだよ。
でも、前は違った。小佐内さんは、自分に危害を加える相手を完膚なきまでに叩き伏せるとき、一番楽しそうだったんだ
…………
エピローグ
やっちゃった......
......やっちゃった......
やっちゃったね......
もうやらないって決めてたのに
小市民になるって、決めたのに