なつのぞ

飛び立つ君の背を見上げる

タイトル飛び立つ君の背を見上げる
巻数13巻目
発売日2021年2月27日
作者武田綾乃
出版社レーベル宝島社・宝島社文庫

第一話 傘木希美はツキがない。

そういうところも好きだったり

Q12  あなたが友達に抱いている印象は?

中川夏紀

傘木希美はツキがない。(そういうところも好きだったり)

希美のような学園生活に憧れている。
中川夏紀

自分の時間を他人に盗られるのは嫌だ。だけど、すべての時間を自分に費やし続けるのはどこか虚しい。 

中川夏紀

そうなりたいとはちっとも思わないけれど、それでも心のどこかで希美のような学園生活に憧れている。

彼女のような人生を送ってみたい
中川夏紀

目を閉じると、瞼の裏に希美の後ろ姿が浮かぶ。揺れるポニーテール。踵を最初につける、快活な歩き方。

中川夏紀

彼女のような人生を送ってみたいと少しだけ思う。夏紀だって一度はなってみたい、学校が好きな人間に。

アンタ、ほんまそういうとこ……
傘木希美

吹奏楽部、一緒に入らへん?

中川夏紀

なんでうち?

傘木希美

夏紀と一緒だったら楽しいかなって思って

中川夏紀

希美さ、誰彼構わず吹部に誘ってんでしょ

傘木希美

あは、バレたか。でも、夏紀が一緒だったら楽しそうってのはほんまやで?

中川夏紀

アンタ、ほんまそういうとこ……

相手が、希美だったから。
中川夏紀

夏紀は誰かに部活に誘われたからってそう簡単に受け入れるような人間じゃない。

中川夏紀

それでも希美だったから、その賭けに乗ることにした。相手が、希美だったから。

希美自身が信じた選択が、多分、いちばん正しい
中川夏紀

……希美はどうするん? 軽音部に行くのか、それとも残るのか

傘木希美

どうしたらいいと思う?

中川夏紀

また質問を質問で返す

傘木希美

夏紀相手やからさ

中川夏紀

中学からの吹部仲間より気を遣わないって?

傘木希美

続ける理由もないでしょ?

傘木希美

まぁ、あの子らにとってうちは部長やったから、ちょっとは気を遣う。大事な友達やし

中川夏紀

うちはさ、希美がやりたいようにやればいいと思う

中川夏紀

希美自身が信じた選択が、多分、いちばん正しい

傘木希美

......ありがとう

いまこの瞬間に希美が笑ってくれるなら、
中川夏紀

いまこの瞬間に希美が笑ってくれるなら、それだけでいいと思った。

中川夏紀

そしてそれこそが、夏紀の犯した罪だった。

希美はアンタらの力にもなりたいと思うてたんですよ
3年生

ほんま、いなくなってくれてよかったわ!

あ、と思った。脳の回路が焼き切れる。

中川夏紀

お前ら性格ブスやなー

3年生

中川!アンタ、先輩に向かってなんやその態度

中川夏紀

べつに、思ったこと言うただけですけど

中川夏紀

先輩らがどう思うてたかは知りませんけどね、希美はアンタらの力にもなりたいと思うてたんですよ。

中川夏紀

頭がハッピーやから、話し合えばいつかはわかってもらえるって。アホなんですよ、正しさが誰にでも通じると無邪気に信じてた。

中川夏紀

先輩らがアイツらを嫌がる気持ちは理解できます。でも、先輩らを信じてた部分を無視するのはあまりにひどいんとちゃいますか。

希美の誘いがなかったことになるやんか
吉川優子

うちは、夏紀は辞めると予想してた

中川夏紀

そりゃ予想が外れて残念でした

吉川優子

希美に誘われて吹部に入ったんちゃうの? じゃあ、希美がいいひんくなったらここに残る理由はないやん

中川夏紀

うちが辞めたら、希美の誘いがなかったことになるやんか

吉川優子

なかったことにはならんやろ。ってか、希美は夏紀が部活を辞めても気にしいひんと思うし

中川夏紀

そういうんじゃなくて、うちが嫌。希美の影響を受けた自分をなくしたくないというか

吉川優子

ふうん

部活に残れと言えばよかった
中川夏紀

だってあのとき、希美の背を押したのは間違いなく夏紀なのだ。

中川夏紀

部活に残れと言えばよかった。アンタ以上に吹奏楽が好きなやつなんていないよ、となんでもない顔で言えばよかった。

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