希美があがた祭りとプールにみぞれを誘ったときのdisjointな二人の会話。雑巾の裏表と希美の心との比喩が良いです。
北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編
タイトル | 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編 |
発売日 | 2017年8月26日 |
作者 | 武田綾乃 |
出版社・レーベル | 宝島社・宝島社文庫 |
収録内容
- プロローグ
- 一 不穏なダ・カーポ
- 二 孤独にマルカート
- 三 嘘つきアッチェレランド
- エピローグ
三 嘘つきアッチェレランド
二人だけじゃ物足りひんよな。
そういや、もうすぐあがた祭りやなあ
もうそんな時期やねんなぁ。忙しかったからすっかり頭から抜けてたわ
みぞれは予定どうなの?
わ、私は全然、予定とか……ない
ふうん。じゃあ一緒に行こうや
う、うん。希美がいいなら
でも二人だけじゃ物足りひんよな。夏紀も優子も一緒に行こうや
笑顔の希美とは対照的に、みぞれの顔が微かに強張る。
何かをこらえるように、その薄い唇が真一文字に引き結ばれた。その異変に、希美が気づく気配はない。
希美とお祭りデートができると一瞬、期待に胸を膨らませるも、"二人だけじゃ物足りない"と言われ、ショックを受けるみぞれ。
みぞれは二人きりでも物足りなくなんかない、希美さえいれば十分満たされる、優子も夏紀も来なくていいのに、という本心を隠した。
ほかに誘いたい人とかいる?
みぞれはほかに誘いたい人とかいる? みぞれが好きな子、誰でも呼んでいいよ
……いない
そっかー
希美から漏れた短く明瞭な相槌には、落胆にも似た感情がにじんでいた。
いつもは快活な笑みに彩られた唇が、自嘲げにゆがんでいる。
希美は人数が多いほうが盛り上がって楽しい、いつメン以外とも遊びたいという純粋な気持ちから他に誘いたい人がいないか尋ねる。
みぞれは中学生の頃からずっと希美以外には積極的に交流したがらないし、他に親しい友人もいない。そのことが希美をネガティブな感情にさせていた。
北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 後編
タイトル | 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 後編 |
発売日 | 2017年10月5日 |
作者 | 武田綾乃 |
出版社・レーベル | 宝島社・宝島社文庫 |
収録内容
- プロローグ
- 一 憧憬にアウフタクト
- 二 独白とタチェット
- 三 彼女のソノリテ
- 四 未来へのフェルマータ
- エピローグ
二 独白とタチェット
ほかの子、誘っていい?
明日から連休やん。みぞれはなんか用事あんの?
予定……とくにない、けど
ほんま? じゃあさ、明後日プールでも行かへん? 太陽公園の
行く
お、ええやん。新しい水着とか買っちゃおうかな
・・・ねえ、希美
ん?
ほかの子、誘っていい?
希美の指先に引っかかっていた雑巾が、すとんと床へ落下した。踵を地面に着地させ、希美はそれを拾い上げる。
真っ黒になった雑巾を半分に折り畳むと、汚れは内側に隠れて見えなくなった。
半分のサイズとなった雑巾を窓にこすりつけ、希美は笑った。
えー、みぞれがそんなこと言うなんて珍しいな。誰、誘いたいん?
剣崎さん。前、一緒に遊びたいって、言ってた
後輩も誘ってもよいかという予想していなかったみぞれの言葉を受け、雑巾を落とすほど分かりやすく動揺してしまう。
話は周囲に広がっていき、結局は、優子、夏紀、梨々花、奏、久美子、緑輝、葉月、麗奈を加えた計10人でプールに行くことになる。
希美が言ったから。
こんないっぱいで行くとは思わんかったわ
眉尻を下げ、希美が苦笑する。その台詞に、みぞれはきょとんと目を丸くした。
希美は、そっちのほうが好き……でしょ?
そりゃまあ、みんなでワイワイするのは好きやけど
やっぱり
お祭りのとき、希美が言ったから。ほかの子も誘えって。だから
そっかー
耳の前に流れるひと房の黒髪、そこからのぞく希美の頬が不自然に引きつったのが見えた。明るい笑顔を維持したまま、希美が片手で雑巾を握り締める。
綺麗に折り畳まれていたはずの雑巾がぐちゃりと乱れ、内側に隠していたはずの汚れをあらわにしていた。
みぞれは、あがた祭りのときの反省を生かして、初めて自分から梨々花を誘う。二人きりで遊びに行きたいという自分の気持ちより、希美が喜んでもらうことを優先した。
一方、希美はみぞれに友達ができることを望んでいたはずなのにその気持ちは晴れない。実際にみぞれが自分以外と親しくしていることを素直を喜べず、心の内側に隠された黒い感情に気付いてしまう。
感想
結局、みぞれが誰かを誘っても誘わなくてもモヤモヤしてしまう希美の本心は何なのだろう。依存されたい?独占したい? あがた祭りからプールまでの数ヶ月で変化したとも考えられるし、希美自身ですら分かっていないような複雑な感情だから理解するのが難しい。