深夜23時過ぎ。練習終わりの二人は宇治川沿いのベンチに並んで座る。あみかは隠し続けてきた中学時代の暗い過去を梓に語った。
タイトル | 立華高校マーチングバンドへようこそ |
巻数 | 5巻目 |
発売日 | 2016年8月4日 |
作者 | 武田綾乃 |
出版社・レーベル | 宝島社・宝島社文庫 |
収録内容
- プロローグ
- 一 暴走フォワードマーチ
- 二 追憶トゥーザリア
- 三 緊張スライドステップ
- エピローグ
太一と志保から二人の関係性を指摘された日の練習後、夜11時過ぎ。梓はあみかの誘いで宇治駅から歩いて塔の島を訪れていた。
二人は島の端にある木製のベンチに座り、途中に立ち寄ったコンビニで買った肉まんとピザまんを食べる。
しばらく雑談した後、あみかは暗かった中学時代のことを話し始めた。
前ね、私言ったでしょう?中学のころはテキトーに生きてたって。なんにも覚えてないって
私ね、学校が嫌いだったの。友達もいなかった。昔からね、駄目だったの。人見知りだし、あんまり他人と話さないし。どんくさくて、周りに迷惑ばっかりかけちゃう
朝起きて、学校行って、授業受けて、帰る。本当に、ただそれだけの繰り返し。思い出なんてなんにもなかった。気配消して、教室の隅で、一日が終わるのをずっと待ってた
中学生の名瀬あみかは、これといった目標も持たず、楽しい思い出も何一つない三年間を過ごした。
内気な性格と運動音痴が相まって友達もできず、人と接することに苦手意識を持ってしまう。
あみかのことを知り尽くしていたと思い込んでいたことが滑稽だった。頬が熱い。恥ずかしいと思った。思い上がっていた、いままでの自分が。
私ね、変わりたかったの。新しい自分になりたかった。教室の隅でじっとしている自分が、嫌だった。だからね、キャラを作ったの。
教室でみんなに好かれてた子の真似して、活発で明るい子のふりをした。その子が吹奏楽部員だったから、だから私もこの部に入ろうって決めたの
これまでの、演技だったの?
最初は演技だった。明るくなろうって、そればっかり思ってた。けどね、いまじゃもう、昔みたいに振る舞うほうが無理になっちゃった。
高校であみかに出会った梓は当然、中学時代のあみかを知らず、いまと同じような快活な性格だったと思い込んでいた。
しかし、あみかは高校入学とともに生まれ変わるため、正反対の自分自身を演じていたことを唐突に知らされる。
忘れたいと願い、隠してきた暗い過去をこのタイミングであえて梓に打ち明けたあみか。二人の関係性にまた少し変化が訪れる。